このところブログが更新されなくて、おかしいな、と思っていただいたでしょうか。実は私の怠慢で、ココログのID、パスワードが変更になるのに更新を怠っていましてログインできなくなってしまったのです。ようやくそれがわかり、こうして戻ってくることができました。1ヶ月以上ご無沙汰になってしまったので、心機一転張り切って更新していきたいと思っていますので、今後ともご愛顧?のほど、何卒よろしくお願いいたします。
この1ヶ月の間、いろいろなことがあったので、何を書こうかと迷っております。でもやっぱりこれは書いておこう、と思ったのは浅野の十回忌です。以前、このブログで書いたことがある大学ラグビー部の同期で10年前に交通事故で亡くなった浅野の十回忌に同期の皆と先輩と名古屋へ行ってきました。本当に早いものであの突然の死からもう10年が経ったのですね。浅野はあのときの若いままです。
当日、6月27日は快晴でした。浅野が歓迎でもしてくれているのかな、と思いながら名古屋に新幹線で向かいました。現地では既に浅野のご両親がホテルで待っていてくれて、久しぶりの再会を喜びました。徐々に皆が集まってきたのですが、「やっぱり皆集まると迫力あるなあ」という感じでした。背が大きいし、何となく威圧感があるんですね。20人もそういうラグビー体型が集まると・・・・。久しぶりにラグビー部の皆が集まって歩いた学生のころを思い出しました。そのときは再会の喜びでワイワイ和やかだったのですが・・・。
その後お墓参りをして一人ひとり浅野の墓前にお線香を供える段になると、やっぱり皆無口になっていきました。誰もしゃべらずに黙々と、深々と頭を下げてお線香を供えていきました。そして最後に我々の代のキャプテンであるアメリカから戻ってきた野崎が「エール(部歌)を歌わせて欲しい。」とご両親にお願いし、皆でしみじみ夏の暑い空の下で部歌を歌いました。久しぶりだったから声も全然揃わなかったけれど、やはりエールはグッと来るなあ。
そして会食となって、お昼からビールやら飲み放題となりました。懐かしいし、それはそれで楽しいのだけれども、やはりどこか冷めていて盛り上がりきらない、という感じの宴でした。一つ上の代の先輩も大勢来てくれて、それは浅野のお陰だと感謝しました。「そういえばこういうことがあった。」、「あんなこともあった。」と思い出話は尽きなかったのですが・・・。最後のほうで浅野のお父さんとお話をするとやっぱり涙が自然ににじんできてしまうんですよね。何で涙が出るのかわからないんだけれど、悔しいのか、さびしいのか、なぜか涙が出てくるんです。
写真も沢山撮りました。その中に浅野が映っているようで・・・。うれしい話もお父さんから聞きました。浅野の婚約者だった珠ちゃんがつい先月結婚したのだと。彼女もようやく浅野から卒業し、新たな幸せに踏み出したんだなあ、と思いました。良かったね。本当に良かった。浅野は簡単には忘れられないと思っていたけれど、やっぱり10年かかっちゃったんだね。でも本当におめでとう。絶対に浅野の分まで幸せになってください。
すると帰り道で偶然の出会いが二つありました。一つは柿安ダイニングの赤塚社長に名古屋駅のホームで。そしてもう一つは静岡駅で、元ヴァンフォーレ甲府の監督、大木武さん(現、全日本ヘッドコーチ)に会いました。大木さんとはその後、甲府行きの特急電車でずっとお話を聞かせていただきました。ヘッドコーチ就任の裏話やら、ヴァンフォーレの今後やら、実に興味深い話を聞けてとても楽しかったです。これも浅野がお二人に会わせてくれたんだな、と勝手に思っています。
その宴にご両親が持ってこられた10年前に書いたラグビーボールの寄せ書きに自分はなんて書いたんだろう、と思って読んでみると、「浅野、また会おう」でした。それしか書けなかったし、本当にそう思ったんだよな、とそのときの自分を思いやりました。浅野、俺はお前の分まで絶対にがんばるぞ。そしてまた会おう!




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