橋本清彰さんを悼む

 14日夜、突然の訃報に胸が痛みました。大変御世話になっていた全農食品の元専務である橋本清彰さんが、胃ガンのため急逝した、との報でした。本当に驚きました。-というのも、8月20日には東京の事務所でお会いし、以前よりは痩せられてはいましたが、経営についてもいろいろと教えていただき、また自分の人脈からキーマンをご紹介いただいたり、本当に今までどおりだったからです。余りにも早い死にただただ呆然とするばかりでした。

 橋本さんは本当に若い経営者が大好きでした。私も含め、多くの若手経営者に惜しみない愛情を注いでいただき、それこそ親身になっていろいろと教えてくださいました。きっと自分自身が40歳前半の若い頃から経営者として経験を積み、それを何とか若い世代に生かしてもらいたい、と言う思いだったのでしょう。当社にも3度ほど来て頂き、直接指導もいただきました。

 私にとって一番思い出に残るのは、1年半前の銅線混入の事件の時のことです。ちょうど「回収すべきか、否か」を私が一人で悩んでいる晩に甲府へいらっしゃって、会食する予定だったのです。橋本さんは即座に「回収すべし」とのアドバイスをくださいました。甲府での会食をキャンセルし、当社の社長室で二人で出前の鰻をこれから訪れるであろう苦難を想像し、しんみりと食べたことを思い出します。

 橋本さんがこのとき教えてくださったのは「正しい道を堂々と選べ」と言うことだったのだと思います。橋本さん自身が平成15年のお米パニックのときに1時的には5億円ほどの赤字が出たけれども、お客様との約束だからと言って一切値上げはしなかったと言う話をしてくださいました。コソコソとせずに、正しいことをやっていれば必ず信用されるのだから、一時的な苦難は甘んじて受けなさい、と言うことだったのだ思います。この考え方は経営をしていく以上、これからもきっとまた拠り所にしなければならないときが来ると覚悟しています。

 そしてその回収期間中も、私の携帯に何度もお電話をいただき「おい、大丈夫か?」ととても心配してくださいました。自分が「回収すべし」と言ったものの、その後のマスコミの取り上げ方が予想以上に大きかったことに橋本さんも大変責任を感じ、自分の息子のことのように心配してくださったことを思い出します。でもあのときに橋本さんが背中をポンと押してくれたから、私はあの商品回収の決断ができ、社員も本当に大変でしたが、結果的には正解だったと今は思っています。

 あの晩、橋本さんが来て下さったこと、これは何か天からのお使いのような気がしました。そしてあっと言う間に天に戻られてしまいました。本当に残念です。まだあの大柄な体で「おい、ちゃんとやっているか!」と、叱咤激励してくれそうな気がしています。私にとっては遠慮せずにいろいろとズバズバ指摘してくれる得がたい存在を失った喪失感があります。

 でもご本人にとっては正に生き様どおり、太く短く生きられたのだから幸せだったのかなぁ、とも思っています。お通夜も、告別式も終わった後、ひっそりと連絡をするように手配したのもいかにも橋本さんの美学です。本当だったら大騒ぎだったでしょうが、静かに静かにこの世を去っていきました。私も教えていただいたことを今一度かみ締め、期待していただいた経営者の一人としてもっと頑張っていくことが恩返しだと考えています。本当にありがとうございました。ご冥福を心からお祈り申し上げます。 合掌

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コメント

小生も橋本さんと面識があるだけに今回の訃報は非常に驚きました。

お礼含め、せめてご霊前に焼香したいのですが、幾分勤務地が遠方のためすぐにはできません。

遠方よりご冥福をお祈りいたします。
合掌。

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プロフィール

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株式会社はくばく
代表取締役社長
長澤重俊

1966年ひのえうま生まれの45歳。
東京大学ラグビー部卒。(本当は経済学部)
住友商事を経て1992年はくばく入社。
趣味はゴルフとワインかな?
今年のヴァンフォーレ甲府がJ1で大活躍することを心から期待しています。