昨日は山梨県の政経懇話会という勉強会に参加して、アサヒビールの元専務であり、マーケティング部長としてアサヒスーパードライを立ち上げた立役者として夙に有名な松井康雄さんのお話を伺う機会を得ました。
実は私が以前、住友商事に勤めていたときにちょうど松井さんがアサヒビールのマーケティング部長で辣腕を振るわれ、正にスーパードライで大躍進しており、私の隣の部署が酒類原料チームだったこともありお名前はその時から聞いておりました。その当時は私は平社員であり、お会いすることは叶わなかったのですが、当時の上司の話から「すごい人だ」と言う印象を持っておったのです。それ以来、約15年経ってお会いできる機会を得たことを密かに楽しみにしておりました。
この日は約1時間半の講演でしたが、本当に中身の濃いものでした。「これだけは伝えたい」という内容がたくさんあるのでしょう。どんどん前に進まれて、ついていくのが精一杯というスピードでした。でも何とかついていって、いろんなことを学ばせてもらいましたので、その中のいくつかを紹介します。
超大ヒット商品アサヒスーパードライを出すまでの経緯で、本当に深い考えの下で、紆余曲折を経て出てきたものだった、ということがわかったのですが、その中で非常に興味深かったのは、その当時のビール業界は「味はお客様にはわからない。売れるのはイメージ、ブランドだ」という通説があった、というお話です。その根拠はいろいろとあるのでしょうが、一つには「ブラインドテストをすると殆どの人が当たらない」というものがあったそうです。確かにそうとも言えるのでしょうが、これに疑問を感じ、「味で勝負する」と決意したのが松井さんだったようです。
私はこの話を聞いて、よく食品メーカーはこういう思い違い、あるいは見下した考えがあるなあ、と思いました。私どもの会社でもかつて「麦茶の味の違いはわからないんじゃないか」なんていう一般論がありました。でも「もの作りを命とするメーカー」がこういうことを思っていたならば、自分の仕事の価値を否定しているようなものですよね。そして実際に絶対違うんです。お客様は微妙な味がわかるんです。私どもも「丸粒麦茶」「水出しでおいしい麦茶」を発売し、どれだけお客様の味覚が確かなものかを実感しているところです。食品は何といってもまず「味の勝負」なんです。これには全く共感しました。
その次にその「味」をどう決めるか、という話も面白かったです。当時のガリバー商品キリンラガーは戦前生まれの人たちに好まれる味(苦味、コク)であり、これからのヘビーユーザーであるターゲット層の好みとは違う。もっと日本の食に合うクリアーな味、言うならば白身の刺身がうまいビールを作ろう、と決めたのだそうです。競合の分析やターゲットの動向など根拠は非常に論理的でありながら、最後は飛躍している点がすごいと思いました。今となっては当たり前である「キレ」はこのクリアーを表現する言葉だったのです。でもキレだけだと水っぽいビールを連想するため最終的には「コクがあるのにキレがある」というあの有名なコピーになったそうです。
もう一つ、やはりアサヒスーパードライが3年間で1億ケースを越えるお化け商品に育ったのは敵の助けがあったから、という話も面白かったですね。1988年にはいわゆるドライ戦争が起きました。これでドライという言葉が飛躍的に浸透し、その中で一番だ、という評価をスーパードライが得てしまった。また翌年、キリンが4種の新製品を発売し「お好きなビールをどうぞ!」とやって、「通のビール、一番うまいビールはラガー」と信じ込ませてきたお客様が混乱し、結果的にはラガーが勢いを失ってしまった。また1996年にはラガーを生にしてしまい、ラガーのアイデンティティーをなくしてしまった、という相手の自滅があったからこそ、こういうダイナミックな市場構造の変化が起きたのだ、ということも冷静に分析していらっしゃいました。
最後に、これをサラリーマンとしてやり遂げたことにものすごい価値があると思います。立場が弱くても上司や組織の力学の活用、時には反発承知で強引に進めたり、また社内の軋轢などいろいろとあったようですが、それを乗り越えてやり遂げたことに心から敬意を表します。私も最近社内で「一致団結」だとか、「協調性」ということを強調しすぎていたな、と気づかされました。これはやはり組織が平時の対応になってしまっていることなのでしょう。もっと信念を持って戦うときは戦う、でも心は仲間、というような組織を目指さねば、と思い出させてくれました。ありがとうございます。




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