最近思うことがあるのですが、それは良く使われる「合理的な考え方」についてです。最近当社の社員と話をしていて、その社員がある偉い方から聞いた話として「仕事にはムリ、ムダ、ムラが必要なんだ。」という話を聞きました。その方は営業出身で、一件ムダに見える人付き合いの時間や、気遣い、これが後々本当に大事になってくるんだ、というような話だったのですが、私は正にそうだなあ、と思ってその話を聞きました。
トヨタ生産方式はこのムリ、ムダ、ムラを排除する活動であり、導入した企業にとっても大きな成果を上げてきたわけですが、一方で本当に無駄なものを見極めることを気をつけないと危険なことになる、と思います。つまり合理的考え=すぐには成果に繋がらないものを無駄と見る、ということは如何にも危険だと思うのです。
例えばこんなことをどう思いますか?当社に今年入社したある男性社員が、毎朝4時過ぎに起きて10km以上走る、という話。合理的な考え方から言えば、「そんな馬鹿なこと止めれば良いんじゃない?」って思いませんか。だって彼は陸上選手や、スポーツ選手を目指しているんじゃないんだから。せめて数kmの短いジョギングにして、会社の業務に差し支えないようにしたら・・・というのが合理的アドバイスでしょうか。
しかし私は彼の行いは本当に尊いと思います。素直にすごいと思います。かなり興味を持ったので彼に直接聞いたんです。「なぜ、そんなに早起きして、そんなに長く走るの?」と。すると彼は「昔からずっとやっているんで何となくこれをやらないと、調子が出ないんですよねえ。」とのことでした。これだけのことを淡々とやり続けられる、これだけで彼がやってきたことは彼の人格形成に大いに役立っていると思いました。
何かを行うときの判断基準として「それが効果を生むものか?」、という考え方は当然必要です。しかしその「効果」というものを簡単に考えないほうが良い。パッと出てくる効果は得てして小さいもの。本当の効果は、じっくりじわじわ効いてくる、そんな気がしませんか。だからすぐには効果が出ないけれども、大きな目標に向かって地道に積み重ねる、一見遠回りのような、増してやムダに見えるような行為をバカにしてはいけないと思いました。
だから簡単に「それは合理的ではないね」と言って、いろんなことを切り捨てることには気をつけようと思います。そんなに人生、簡単に割り切れるものではないし、そういう一見ムダに見えることが実は大事なことである事だってあると思うのです。理屈で割り切れるkとばかりではない、いやむしろ割り切れないほうが多いのかな。人生は難しい・・・。




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