物分りの良い社長と暴君(ちょっと言いすぎかな)とどっちの社長が良いですか?それはもちろん「物分りの良い社長」って思いますよね。私もそう思っていました。現場の人の立場も理解したり、いろんな情報を集めてリーズナブルな結論・指示を出す社長が良いですよね。
以前、違う会社の知り合いの社長さんが社員から「あの暴君がまたこんなこといっているんですよ。」と冷やかし気味に言っているのを聞いたことがあります。そのときに「自分は陰でこう言われたくないなあ。あの社長も可愛そうに・・。」と思いました。
でも最近思いました。社長はいろんな情報を集め、自分のやりたいこと、自分の作りたい会社のために、果敢に決断しなければならない。その結果として時には社員から「暴君」といわれようとも、「分かっちゃいない」といわれようとも突き進む強さが必要ではないか、と。
別に暴君になりたくてなるのではなく、結果としてそういうことが起きるのを恐れてはいけない。むしろ「物分りの良い社長を演じること」のほうがよっぽど社長としてはまずいのだ、ということを感じています。「社員に好かれようと行動する社長」なんて、やっぱり自分の責任を放棄している、その役職に安住したい人間のすることだとも思います。
またきっと今だって「何考えてんだか・・」とか既に言われているんだろうなあ、とも思います。もちろん説明する努力はするけれど、社員はまたそういうことを言って自分をその仕事に向かわせるという面もあるんではないかな、とも思います。だから社長をする上で避けられない税金みたいなものかな。
本当にやりたいこと、これにこだわり続け、施策を練り、社員の皆さんにも説明し、出来る限り納得してもらい(完璧に同じ思いというのは難しいと思うなあ)、結果に責任を負うこと、これが社長として大事なのだ、と。その課程で面白おかしく言われることは甘んじて受けねばならない、ということを肝に銘じていきたいと思います。最近いろんな社長さんと話をしたり、工場を見させていただくと、なんだかんだ言っても「社長の思いひとつ」「社長の志・思想次第」というのが、わかってきました。だからこそ社長なのだと。その期間、その会社の形に責任を負っているという重さと、楽しさ、これが社長なのだなあ、と。
さて私はどこにどんな絵を描こうかな。




コメントを書く